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想人~おもいで~

私と、最愛の妻との想い出…。

♪想人~おもいで~/さらば宇宙戦艦ヤマト劇中曲より

1985年(昭和60年)父の店に就職して、

妻と初めて出会う。私20歳、妻16歳(高2)。

彼女は水泳の名手だったらしいが、

アラレちゃん眼鏡をかけた彼女、私は、とても

恋愛対象の外だねと思っていた(笑)後に眼鏡を

外した彼女の眼は吸い込まれそうな澄んだ瞳

だったのだけど…。妻は私をどう思っていたか、

イマイチ不明だが、当時茶髪でロン毛だった私の

シャンプーの香りで私が出勤してきたと、分かった

のだという…。だけど、義父から仕事のミスで

しょっちゅう怒られていたなぁ…。

っていう印象が彼女にはあったらしい。

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※画像nekosan61.exblog.jpより引用

1997年(平成9年)私が独立し自分の店を持つ。

死ぬほど忙しかった私は、妻に仕事を手伝って

もらうコトをきっかけに急接近。周囲の人たちが、

何故だか妻と付き合わないの?なんてコトを

チラホラ聞いてたりしてたけど、私はなんの

コトか分からず聞き流す。当時の私の愛車

JZA80スープラのパッセンジャーシートに彼女を

乗せ、いろんな場所に連れて行くが、

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)記念館はイマイチ

気に入らなかったらしい(苦笑)。後に判ったが、

実は周囲の方々は義父母と戦略的に私と妻を

くっつけようとしていたらしいのだが…。

知らぬは本人ばかりなりってワケ(苦笑)。

1998年(平成10年)10月、妻と結婚式を挙げる。

しかし式の翌日は、新婚旅行ならぬ夫婦そろって

お客様への集金業務だった。ひとりクルマ旅が

好きな私、私と結婚したらどんなところに行けるのか、

興味津々だったらしい。仕事は軌道に乗り、超多忙で

あったが収入もうなぎ上りで、私は銘シャンパン、

「ドン・ペリニョン」を月に十数本飲むような生活を

謳歌していた。これからもずっと、このような生活が

続くと信じていた、銀行マンからは、

「きーちゃん2先生」と呼ばれ、人生の勝利者、

成功者の仲間入りが出来ると信じて疑わなかった。

お休みの時は、2人して旅行の計画を立てて、

値段に糸目をつけず、贅沢な旅を楽しんでいたもの

だった。しばらくは2人だろうからと、それはそれは

本当に楽しい時期であった。親戚関係からは

「あなたと結婚してから、かぁちゃんちゃん、

すごく幸せそう…。」って言ってもらえた。

次回につづく…。

 

※関連記事:想人~おもいで~ その2

http://kiichan2-tabiji.blog.so-net.ne.jp/2016-09-11-1


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